以前の記事で察した人もいると思いますが
八坂の銀杏仰ぎつつと守谷小学校の校歌にも唄われている銀杏の木、もう限界でした。
樹齢600年以上とも言われる銀杏の木は地割れを起こしていました。
以前から厳しい状況でしたが一昨年の台風15、19号が上陸した際、
これを見たときにもう限界だなと思いました。以前から風が吹くとパキパキと音がしていましたし、台風などが接近すると胃の痛む思いでした。倒れるだけならばまだ良い。家や人を巻き込んだら…
銀杏を切る前日は眠れませんでしたね。自分がこんな決断をするなんて。つらいぁ…。
でも銀杏も限界だったんだと思う。だってこんな状態だったから。
伐採の前の日、守谷小学校に報告に行った。突然思い立って行かなきゃと思ったんだね。そうしたら校内放送で児童達に八坂の銀杏の伐採の報告がされたらしい。その臨時放送にえ〜!と教室がなったらしく次男が守谷小学校に通っていたのでまわり友達が何で?と聞いてきたらしい。やはり守谷小学校の子供達に愛されていたんだなと。
実際に確認すると隅々まで痛んでた。よく頑張ったと思う。よく耐えたと思うよ。職人さんが立っていることが奇跡って言っていたからね。
何で切ったんだと詰め寄る方々がいる。誰だって切りたくない。でも誰かが決断しなければこの環境変動で重大事故になっていたかもしれない。命あるものいつかは…仕方が無いことだ。
でもね、切り株のなかに新しい幹が育っていた。
これを大切に育てよう、将来また同じ場所に同じ姿となるように。
で、春がやってきました。
新しい芽が吹いていました。一安心です。
この記事へのコメントはありません。