ふとワイドショーを観ていたら視聴者からこんな質問が
「新たな生活様式ではお祭りも縮小され当然ながら神輿も担げません。担ぎ手不足が更に危機的になるのではと心配です」
返答したのは茶髪の若いコメンテーターでした。ちょっと困ったような感じでしたが
「担いでいる人は意味も分からず担いでいる人もいるのでは?それが担ぎ手不足の原因では?お祭りの歴史を見直す良い機会にしてもらえたら」
と言う趣旨のコメントを出していました。
あぁ、良いことを言ってるなぁってね。
これに関しては大分前から僕が腐心していたことでした。僕が氏子の時にも何でやっているか分からなかったからね。お祭りは五穀豊穣でしょ?そんな感じ。うちの町会の山車にも五穀豊穣って看板出してあったからね。祇園祭って名称も使っていなかったし、なんてったって兼務神社(これを言い訳にしちゃいけないかな。本当は兼務でもしっかり指導するのが神職の勤めだからね)だったので祭礼も大分簡略化、省略可されているからね。山車のお祓いなんてなかったし、神輿の御旅所でもただ飲食して移動。分からないで物事をやっているほど恐ろしい物はない。ある日、誰かが「それ意味あるの?やめたら」っていったら終わりだからね。
そんな経験を何度か目の当たりにしてきたからね。TXの駅前開発の時はそんな事が多かった。氏子が減少して予算縮小だから仕方がないんだけれどもね。なので、僕の宮司としての最初のライフワークが祇園祭を文化財にだった。文化財にするために様々な所を改革し、イベント的な楽しい祭礼に神事を体感する厳粛な祭礼のエッセンスを加えていった。。お祭りの意味をみんなに知ってもらいたかった。
でも、お祭りの意味なんて今では専門的な立場になった自分だから分かるわけで、そのような人が近しい所にいなければ分からないよね。ネットで調べれば分かるでしょ?っていう人もいるかもしれないけれど、ネットから得られる情報は自発的なもの。自分が興味を持っていなければ検索しない。なので、難しい。こう言うものはアナログで。僕はこうやったな。氏子の前で挨拶するときに語る、一緒にお酒を飲んでは語る、文書を作って配る。それが近しい人には一番わかり合える。一緒にお酒を飲んでは語るが一番多かったかも(笑)
ネットの情報は広域で浅いものだけれども僕が求めているのは広域じゃなく狭域で深く。氏子に向けてで良いんだ。ならば自分の口から伝聞しなければね。
前置きが長くなったけれども、地域の神社のお祭りは何も神輿だけじゃない。占いする祭礼や悪口言ったりする祭礼。色んな祭礼があってそれぞれに願いや意味もある。もし、お祭りの意味を分からずに参加している方がいるならばこのコロナ禍にもう一度お祭りの意味を調べてみてはいかがでしょうか?
知ることで大切さを知る。そして郷土愛が深くなる。それが祭礼を紡ぐ一番の近道だと思うんだ。
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