私が宮司になるときに

私が宮司になるときに ②ある予感、そして私の宮司就任がなくなった

私にはある予感があった。それは宮司の話は無しになるだろうというものだった。

変わっていく宮司の言葉

最初、宮司からは守谷市の神社を全て受けもってもらいたいとの話を頂いていた。守谷市ほどの規模の町に宮司がいないことは好ましくないとのことだったので。その後、直階の資格を取って宮司に色々と勉強させてもらったときには関係は良好で君になら守谷以外にも多く受けもってもらいたいとの話までいただいたほどだった。でもそれは丁重にお断りした。なぜなら、宮司の神社には親戚にあたる方が禰宜として奉職していたからだ。当時、宮司からは色々と話は聞いていたがあちらはあちらで大変だったらしい。だからと言ってあんな事を言ってはダメだけどね。私を巻き込まないで。

で、正階の資格を取って神職だけでやっていきたいとお願いし、その辺から関係性が変わり始めたのは前述の通りである。


神職で食べていきたい。その中で無人の神社から神職が常駐する神社に運営を変えて頂かないとそれは代表役員である宮司から氏子に話してもらわないとと私がお願いした頃からだんだんと話がこじれてきた。その中で宮司の私に対する考え方も変わっていったのは間違いない。

このように話は変わっていった。

守谷市以外の神社も受けもってもらいたい。

守谷市はやってもらいたい。

最低でも八坂神社の宮司はやってもらわないと。

宮司になるのは氏子さんが決めることだから

と、トーンダウンしていった。あぁ、これはもう無いなと。この頃、平成19年頃に私はこんな話を父親と交わしている。

「たぶん、俺の宮司就任の話は無くなったよ」

「いくら何でも八坂神社の宮司にはなるだろう?これで違うやつになるなら黙ってない氏子もいると思うぞ」

「いや、それもどうかなと思うよ。話している感じだと無いと思うな」

別に宮司の役職はとくに興味は無い。でも、宮司にならないと色々な面で仕事にならないなとも思い始めていた。何度でも書こう。私は仕事がしたかった。それがわがままだったのかな?きっと私の不徳の致すところだったんでしょう。別の人が宮司になったらまたこれの繰り返しになるのかな…

そして予感が現実に

平成20年7月。予感は現実となった。ある兼務神社での出来事だった。守谷市内で2番目に氏子数が多い神社だ。お祭りの後席で宮司はこのように切り出したと言う。

宮司「私の後任ですが、私の本務神社に禰宜がいる。守谷市には下村という者もいる。どちらがいいですか?」

そう、守谷市内の神社を受けもってもらいたいと言う話は無くなった。予感が現実になったんだ。なんでそんな会話の内容を知っているかって?それは、その兼務神社の総代さん達が連絡をしてくれたんです。

「この前、宮司さんが後任を選べって言うから下村が良いって言ったから。」

私も神職になって7年になっていた。私なりに様々なところで人間関係が出来ていた。その頃にはもう八坂神社の禰宜ってだけでは無くなっていたんだ。八坂神社の実績が各地の総代さんにも広がっていたようで。それに父親や母親にも助けられたと思う。両親は守谷生まれの地元に根付いた人間だ。どこの馬の骨か分からないやつより地元の人間に宮司をしてもらいたいとの事だった。有り難いことです。宮司=地元の人間。やっぱり民社ではこれが大切なんだな。だから、地縁の無い人がいきなり民社の宮司になるって言うのは相当の苦労があると思います。

そして、同じ月に八坂神社の祇園祭がやってくる。その時、宮司は私に兼務神社でそんな話をしたことは言わない。私は知っていたがもちろん聞かない。聞いたって余計にこじらせるだけだし何度も言うけれど宮司はあくまで氏子さんが決めることであってその兼務神社は私を選んだって事なだけである。でも、宮司はその話は私に黙っていた。

そして同年10月。
今度は別の兼務神社で後任の話をした。その時にはもう私の名前は出さずに自分の神社の禰宜を後任に決めたと言って帰ったらしい。7月の別の兼務神社で私が選ばれたのがよっぽどだったのかな?もう、私の名前は出なくなった。このような話は広まるのが早い。時を同じくして別の兼務神社の総代から連絡があった。

「宮司が後任の宮司の話をしているらしいね。うちの神社としては下村さんにやってもらいたいから。どこの誰だか分からないやつにやってもらいたくは無い。もし、そいつを推薦されたらうちは断るから」

自分が八坂神社で奉仕していたこの7年間。見てくれている人がいたんだな。そう感じることが出来ただけで嬉しかった。まぁどうなるかは分からないけどこういうのは真面目に働いて世間の評価を待つしかないのだろうと思った。

私と彼を比較すると

実は私と同じような境遇の神職がもう一人いる。社家でない彼は推薦してもらったけれど神職として専業で働くつもりはないと決めていた。私は専業でやろうと決めていた。会社も辞めた。私は自分からなろうとは思っていなかった。彼は自分からなりたいと言ってある宮司に推薦をもらいに頭を下げに行って推薦をもらった。結果、私は一生懸命やりたいと言って宮司と意見が合わなくなった。そして彼は兼業でやろうとして推薦された宮司と意見が合わなくなった。これを考えたときに社家でないものが宮司になる際には結局こうなるんだなと実感した。だから世襲になりやすいんだなと。ただ、世間から比較されるときに専業でやろうとしている人間の方が好感をもって接して頂けるのは間違いない。社家で無い人間は信用を得るために社家の倍以上に神明奉仕して世間の方々にこいつなら安心して宮司を任せられるなって思って頂けるよう頑張らなきゃダメだと思う。兼務神社の総代さん達の応援は本当に嬉しかった…

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