私が宮司になるときに

私が宮司になるときに ※大切なことです。本編の前にお読み下さい

どうしようか悩んだけれど

ここ数日、パソコンを眺めてはどのように文章を綴れば良いのか悩んでいた。

これから綴る話の全てを知るものはおそらく父と妻だけだろう。父はもういないので今では妻しか知らないだろう。墓場まで持って行こうと思っていた話達。ここまで読んだ仲間からはショックを受けていた人もいるようで、でもここからの方が本当に情けなく、残念で、悲しくもあり、つらくもあり、そして人のありがたさを実感する話です。

さて、そんな宮司になるまでのあの2年間をどのようにまとめようか?それくらい強烈な出来事で。オブラートに包んで書けば良いのか、そのまま書けば良いのか?人生で忘れることの出来ないあの2年間。故に全てを鮮明に覚えている。きっとあの出来事は私の不徳のいたすところであり、私が宮司になれたのはそんな私でも見守っていてくれた方々が最後に支えてくれたから、後押ししてくれたからだろうと感謝をしています。そして責任の大きさを感じています。。

ずっと、どうしようか悩んでいたけれど、このブログを始めたときの事を思い返せば、これは自分自身に残してあげようと思った記録集。祇園祭が守谷市の無形民俗文化財に指定されたときに初めて古文書の内容を知る機会があった。本当に数百年前の神社の記録だ。そして、昔はこんなことがあったんだ、先人達の苦労はこんなことがあったんだと知る事が出来た。私も仕事柄、年配の方々と話す機会が多く、その中での昔の話を聞くのは大変有意義な時間だった。ただ、亡くなってしまうとそれらの出来事も伝わることはもうない。

私はあまり自分のことを話すのが好きではない。でも、自分の中にあった出来事はおそらく多くの方が経験できない特殊なものなんだろうと考えたときに、これらの出来事を糧に出来るよう未来の人へ残してあげたいと思った。未来の人が将来の自分なのか、子供や孫達なのか、それとも将来神職を目指そうとしている人たちへかは分からないけれど。そう考えたときに、やっぱり記録はしっかりと残しておこうと思った。司馬遷が綴った史記のようにと言ったら大げさだけど。でも私は文字ばかりの本が嫌いで、字を書くことが嫌いで本当に神職らしからぬなんですよ。だから、ブログにしてサーバーに残そうと思いました。世間の人がこれを読んでどう思うかは分からない。でも人の評価なんてどうでも良いんだ。自分の生きた記録、感じたことの記録だから。

未来の人へ

私は社家じゃない。でも、もし私の家が代々宮司を拝命するようになれば社家になってしまうんだろう。それは未来の人が望んで就任するというばかりではないときもあるだろう。父が宮司だったから、祖父が宮司だったからと責任感をもってなのか、自然な流れの中なのか、嫌々だが周りのプレッシャーでからなのかは私には分からない。私は自分で進んだ道だから。いつも思う。代々の仕事って職業選択の自由がないなって。子供達や孫達が宮司になるとなったときにどのような気持ちでいるんだろうか?もし嫌々なら、私の家じゃなく別の誰かがなって良いと思う。嫌々なら地域にプラスにはならない。今の世の中でも宮司は地域に必要不可欠な存在。故に責任も大きい。いつか就任するであろう会うことの出来ない遠い未来の人も責任感を持って奉仕してもらえる様に私の苦い話をこのブログで届けよう。

宮司になるときにあった出来事

言葉を発するとある種の力が生まれる。その力にともに進もうとする者もいれば抗おうとする者もいる。それは至極当然のことであり、それがなければ健全な世の中とは言えない。それは光が差せば影が生まれるように全うな世の中であればある意見に対して色んな意見が生まれるのは当然である。太陽が沈むとき、強烈な西日とともに大きな影が生まれる。だから私の仕事はお天道様を出来るだけ高く南に掲げて光から生まれる影を少しでも小さくするように自分を磨くこと。私は完璧な人間じゃない。失敗だって数え切れないほどある。なので、時にはお天道様を掲げる手を誰かに支えてもらうこともあるだろう。

私は世間が宮司として認めて頂ける間は言葉を発していたい。言葉を出さない限り、行動をしない限り、物事は前に進まないのだから。その言葉が多くの氏子から「そうだよね」って言ってもらえるように努めよう。

宮司になるときにあった出来事。これは若く不徳な神職が氏子に支えられたお話です。

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