一般人が宮司になるまで

一般人が宮司になるまで ⑬最初で最後の土下座

反故にされた承諾書

宮司、責任役員との運営に関する承諾書に捺印をし、新たに八坂神社に奉職することになった。退職することはなくなった。

境内で落ち葉を掃くたびに何度空を見上げたことだろう。空を見上げれば太陽だ輝く晴れの日も、粒が落ちる雨の日も人は同じ表情をする。嬉しい日もあればつらい日もある。なら同じ表情で進もう。そう思い2年近くの月日が流れていた。

何はともあれ大きなひとつの区切りをつけることが出来たので、お正月に向かって気持ちも新たに。そんな矢先に会計さんから連絡がある。何だろうと思い自宅に伺うと


会計さん「ある総代さんから話があり、先日の決定事項は無かったことにしてくれと言うことなんだ。」

「どういうことですか?」

会計さん「お賽銭のことなんだけど、祇園祭はやっぱり預けられないっていうことなんだ。」

「それは話し合って、決まった事じゃないですか?お賽銭を預かる代わりに普段の必要な運営費は私の方で支払うと承諾をしたはずですが?」

会計さん「お祭りは氏子がやるんだからその分は返せとのことなんだよ。」

「それじゃ私は大赤字ですよ。」

会計さん「総代の意見だから俺には何とも言えないんだよ。」


おいおい、こんなんじゃ後から何でも反故に出来ちゃうじゃない?年間のお賽銭収入なんて無人の神社ではたいした額ではない。その中で祭礼の収入を預けてもらえないなら本当に大赤字だよ。世間の人はどう思っているか分からないけど、民社の賽銭収入なんて維持管理費を賄えるほど入りませんからね。ただでさえ赤字覚悟が大赤字になるんだ。これはいくら何でもひどい。あの判子はなんだったのか?

とりあえず、宮司のところへ向かう。

「ある総代から先日の話を無かったことにしてくれと言われました。それでは私は大赤字です。約束を守るようにお話願えませんか?」

宮司「そう言うんじゃ仕方が無いんじゃないかな。氏子さんに渡せば良いんじゃないかな?」

あぁ、まただ……デジャブであってほしいと思うくらい何度目も繰り返されたこの流れ。

もう最初で最後にしたい土下座

私はさすがに勘弁して貰いたいと思い、言い出した総代の家に向かった。公に議論して決めたことを一人の総代にちゃぶ台返しされたら困る。総代の中でも年配で影響力があって昔ながらのおっかないおじいさんだ。しかし、私は家に向かった。話をしなければと思った。声をかけ玄関を開ける。氷が入ったビールを飲んでいる様だった。


「お話は伺いましたけど、決まった話と違うんですが…」

ある総代「この前は総代会でそう決まったけど、お祭りは氏子がやるんだから氏子が預かるのが当然なことだ」

「この前もお話ししたとおり、私は私のお願いをした上で皆さんの決定したことに従いました。それを後になってやっぱり駄目だとなると私はどうしたら良いんでしょうか?」

ある総代「駄目なものは駄目だ。」

私は人生で初めて床に頭をつけてお願いした。土下座だ。

「それでは私は大赤字の中で始めなければなりません。先が見通せなくなります。それだけは勘弁して下さい。」

ある総代「年長者に向かってお金をよこせなんてよく言えるな。度胸が良いというか…」


地域社会で働くのは厳しい。私は口論はしたくなかったので諦めて帰った。そして、私に対する不信感も根強いんだなと改めて理解した。ここまで来る課程で私は本当に人生において良い勉強をさせてもらった。人と人の付き合い方。私はまだまだ未熟だ。もっと人と話そう。話して人として成長しよう。。私はまだスタートラインに立たせてもらっただけだ。氏子さんとの本当のお付き合いはこれから始まるんだ。応援してくれる人もいればいぶかしむ人もいる。信用してもらうためには結局は神明奉仕なんだろう。これからは今まで以上に神社と氏子と真っ正面から向き合おう。やっと自由を与えてもらったのだから。

一言主神社で研修を受けたときに宮司さんから言われた言葉を思い出す。
「下村君、先ずは5年間、我慢して頑張りなさい。白衣袴を着て神社を掃除してなさい。そうすると結果が付いてくるよ。」

今日、このときの気持ちを一生忘れないようにしよう。

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