それからほどなくして父と一緒に宮司にご挨拶に伺った。
生まれて初めて神社の社務所というところにお邪魔した。八坂神社ですら入ったことはなかった。境内では子供の頃さんざん遊んだのに中に入ったことは生まれて一度も無かった。宮司の神社社務所には今まで見たこともないような風景があった。煌びやかな衣装。広い和室にはヒラヒラした紙がぶら下がっている。フサフサした紙が棒についている。なんだこれ?難しそうな本も一杯。掛け軸がドーンと掛かり読めない文字が…「天照……」、見たこともないような神棚が祀ってある。習字の道具が並び、紙には読めないような文字が沢山書いてある。恥ずかしいことに習字10級の私には、それを見たときに、
「こんな字を書かなきゃ宮司にはなれないの?これはちょっと無理かも…」
と頭をよぎった。
なので、初めて書いた祝詞は恥ずかしく、初心を忘れないように今でも社務所に残してあるんだ
そして応接室へと導かれた。宮司の奥様がお茶を入れて下さった。優しそうな方だ。
「良くいらっしゃっいましたね」
お茶を飲みながら宮司と父が色々と話をしていた。程なくして宮司は私に色々と質問をしてくる。面接に近いものだ。こちらは全くの素人。なので、宮司もどこまで私に神職としての知識があるのかはさほど気にしてはいない様子だった。余りにも多くの話をしたので内容をほとんど覚えていない。唯一はっきりと覚えているのがこの会話だ。
「下村君は剣道部か。だったら着物は大丈夫だな」
神職になるためには様々なルートがある。今回、私が神職になるための資格の取り方は國學院大学の夏と冬に行われる神職養成講習会だ。これは宮司の推薦と県神社庁長の推薦を頂かなければ受講できない特殊なものだった。その上で跡継ぎがいない、資格を取得するのに緊急性を要するという様々ま条件を満たしての上だ。宮司の資格を得るためにはこの講習会を二回受講しなければならない。
ご挨拶も終わり私はその夏の神職養成講習会に推薦して頂けることになった。
そして、私は会社に辞表を提出した。
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